大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和61年(行ツ)157号 判決

神戸市灘区鶴甲二丁目六番一号

上告人

延原星夫

右訴訟代理人弁護士

中山俊治

神戸市灘区泉通二丁目一番地

被上告人

灘税務署長

大山憲司

右当事者間の大阪高等裁判所昭和六一年(行コ)第四号所得税更正処分取消等請求事件について、同裁判所が昭和六一年八月六日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人中山俊治の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤哲郎 裁判官 角田禮二郎 裁判官 高島益郎 裁判官 大内恒夫 裁判官 四ツ谷巌)

(昭和六一年(行ツ)第一五七号 上告人 延原星夫)

上告人代理人中山俊治の上告理由

原判決には、所得税法第三六条第一項にいう「収入すべき金額」の解釈適用を誤った違法があり、右違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかで、とうてい破棄を免れない。

一、本件の第一審以来の争点は、訴外亡延原観太郎(昭和四七年七月一七日死亡)が所有し、訴外延原倉庫株式会社に賃貸していた土地建物等(以下本件物件という)が同訴外人の死亡により、上告人を含む四名の相続人に相続されたが、相続人間において遺産の範囲、各相続人の特別受益分の有無、数額、指定相続分を指定する遺言書の効力およびその遺言内容の解釈、遺留分減殺請求権の効力等をめぐって熾烈な争いがあり、その遺産分割も末了の状態の中にあって、未分割共有遺産たる本件物件から生ずる賃料が、果たして相続人の一人である上告人の昭和五二年度ないし五六年度の収入金額に該当し、これに対し所得税を課税することが適法といえるのかどうかということである。

右の争点につき、原判決は次のとおり判示して上告人の主張を排斥し、本訴請求を棄却した。

すなわち、原判決は、「観太郎の死亡により同人が所有していた本件物件の所有権は原告〔上告人〕を含む四名の共同相続人の共有に属することとなったほか、同人の右物件にかかる賃貸人の地位も共同して継承され、またそれゆえ、右相続開始以後本件物件から生ずる賃料債権も右共同相続人が各共有持分(すなわち相続分)の割合に応じて取得したものであって、右各賃料は原則としてその支払履行期の属する年分の収入すべき金額として原告〔上告人〕を含む各共同相続人のその年分の不動産所得の金額の計算上収入金額となると解すべきであり、「したがって、たとえ、原告〔上告人〕らの相続財産未分割の段階においても、その共有持分割合の認定判断に合理性がある限り、これに基づき、被告〔被上告人〕において前記不動産所得につき所得税を賦課する趣旨の更正処分をなすことはもとより適法といわなければならない」と前提したうえで、上告人の右共有持分割合を、いま仮に、指定相続分、法定相続分によるとしても、前者は、八〇分の二一後者は四分の一であるから、これに基づいて算出した上告人の不動産所得金額は、被上告人の各更正処分において認定した不動産所得金額を相当程度上廻る結果になり、また上告人の右共有持分割合を、いま仮に、上告人の得た特別受益を考慮した具体的相続分によるとしても、上告人の具体的相続持分は二七・九パーセントになるから、これに基づいて算出した上告人の不動産所得金額も被上告人の各更正処分において認定した不動産所得金額を計算上増額することはあっても減少することはないので、結果として被上告人のした本件各更正処分は適法であると判示している。

しかしながら、原判決の右判示は、所得税法第三六条第一項にいう「収入すべき金額」の解釈適用を誤った違法なものである。

二、所得税法が、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があったものとして右権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用していることはいうまでもないが、この権利確定主義における権利の確定的発生とは、所得税が経済的利得の生じたところに担税力を認めて課税する税であることからして、納税者に現実に収入があったことまでは必要としないが、納税者において少なくとも経済的利得を自己のために事実上自由に享受しうる状態にまで達したことを要するとの意義に解釈すべきものである。

いま納税者の一人が賃貸物件を共同相続し、賃貸物件にかかる賃貸人の地位も共同して継承した場合において、相続開始後の賃貸物件から生ずる賃料債権は、共同相続人が各共有持分(すなわち相続分)の割合に応じて取得するものではあるが、右共有持分割合が一義的に明確でなく、賃貸人も賃借人に具体的にいくらの賃料を請求することができるのか、また賃借人も賃貸人に具体的にいくらの賃料を支払ったらよいのかが分からない場合には、賃貸人たる納税者において少なくとも経済的利得を自己のために事実上自由に享受しうる状態にあるといえないことは明らかで、いわゆる権利確定主義を前提とするも、この場合には権利の確定的な発生があったとか、所得の実現があったとか到底いうことができないものと思料する。

三、原判決は、上告人を含む四名の相続人が相続した本件物件の共有持分割合、したがって本件物件から生ずる賃料債権の共有持分割合のうち、上告人のそれがいかなる割合のものであるかについては、相続分であることはこれを認めながらも、それが法定相続分(民法第九〇〇条)、指定相続分(同法第九〇二条)、具体的相続分(同法第九〇三条)のいずれを指すものであるかについては、いずれの相続分をとるにしても本件の場合には本件各更正処分を違法ならしめるものではないとして、そのうちのどれを指すものであるかを結局なにも明らかにしなかった。

しかし、右の相続分とは、具体的相続分を指すものであることは、上告人が第一審以来主張しているとおりであり(ことに上告人の原審における昭和六一年五月九日付準備書面第一項)、原判決がこれを明確にすることなく、指定相続分ないしは法定相続分もそれに含まれる如くに判示した部分は誤りであって、これを前提として進めた本件各更正処分の適否に関する原判決の認定部分も本来不要のものであったというべきである。

したがって、原判決が右の相続分を具体的相続分であるとして判断を進めた点は、上告人の主張と一致し、その限りで正当であるが、原判決が上告人の具体的相続分を二七・九パーセントと認定し、ひいてはその具体的相続分に基づいて算出した上告人の不動産所得金額が被上告人の各更正処分において認定した不動産所得金額を上回ることから、本件各更正処分が適法であると結論付けた判示部分は明らかに誤ったものである。

すなわち、原判決は乙第九号証(大阪地方裁判所昭和四二年(ワ)第六八一一号株式移転無効確認請求事件外の判決)を拠所に実に簡単に上告人の具体的相続分の割合が二七・九パーセントであると認定している。

しかしながら、乙第九号証の判決を一読すれば明らかなように、同判決では上告人を含む相続人ら間で遺産の範囲ないし特別受益の有無、数額が争われたが、同判決は相続人の一人である訴外延原久雄の遺留分侵害の有無を判断するに必要な範囲で、その限りでこれら争いにつき一応の判断を行ったにすぎないもので、しかも同判決ではその訴訟における弁論主義との関係等で財産の評価も正確な評価を行ったものではなく、財産の評価時期に至っては一律相続開始時によるなど同判決自身各相続人の具体的相続分を正確に認定したものでないことは明らかなのであるから、同判決を拠所として上告人の具体的相続分の客観的割合を明らかにしようとしても、とうていこれを明らかにすることはできず、仮令これを行ったとしても不充分、不徹底なものとしかなりえないのである。

被上告人が本件各更正処分を行うにあたり、被上告人の具体的相続分の割合を調査、確認した事実の皆無であったことは被上告人の原審までの主張自体で明らかであり(したがって、被上告人においては本件各更正処分をなすにあたり、上告人の共有持分割合について何らの合理的な認定も、判断も行わなかったわけである)、原審が被上告人に対し上告人の具体的相続分の割合につき主張、立証を促したことももとより全然なかった。

被上告人に具体的相続分に関する主張、立証を何ら促すことなく、具体的相続分の割合を明らかにする資料とはとうてい成し難い乙第九号証の判決だけを唯一の拠所として、上告人の具体的相続分の割合が二七・九パーセントであるとした原判決の認定の不合理さ、不正確さは極めて歴然としているといわなければならない。

いま仮に、上告人が原判決を援用して自己の具体的相続分の割合が二七・九パーセントであるから、その割合に応じて弁済供託された賃料(本件物件から生じた当該年度の賃料は、賃借人延原倉庫株式会社によって弁済供託されている)の還付請求なり(もし、弁済供託が有効な場合)、或いは直接賃借人である延原倉庫株式会社に賃料の支払請求なり(もし、弁済供託が無効な場合)をすることによって、上告人の手元に現実に二七・九パーセントに相当する金額の賃料を収受することができるものであろうか。

答えは否である。なぜならば、上告人の具体的相続分の割合が二七・九パーセントであることは、還付請求の確認を求められる他の共同相続人、或いは賃料の支払を求められる延原倉庫株式会社にとっては何ら合理性も、客観性も持たないから、同人らがそのまま右割合を認めて上告人の請求に応ずることなどありえないからである。

前記したとおり、納税者において少なくとも経済的利得を自己のために事実上自由に享受しうる状態になっていない限りとうてい権利の確定発生があったとはいえないものであり、本件でも上告人の具体的相続分の客観的割合が一義的に明確になり、上告人がその割合にて賃料の支払を求めれば、確実にもその支払を受け得ることになっているものでない限り、本件物件からの賃料を上告人が自己のために事実上自由に享受することができるようになったとはとうてい評価できないものである。

上告人は、第一審以来本件の如き共同相続人間に遺産の範囲、各相続人の特別受益の有無、遺言書の効力および内容の解釈、遺留分減税請求の効力等をめぐって熾烈な争いがあり、納税者の具体的相続分の客観的割合が簡単には判明しない場合にあっては、賃貸人である納税者に対し、具体的相続分による賃料債権がいくらであるかに関し確定申告及び納税を強いることは相当でないし、課税庁に独自の立場でその認定をさせることも相当ではないから、具体的相続分を明らかにする遺産分割の審判等の裁判(本件の場合にはこの裁判としては、ほかに他の共同相続人らを相手方として、自己の供託賃料の還付請求権の確認を求める裁判(前記弁済供託が有効な場合)、或いは賃借人延原倉庫株式会社を相手方として、同社に自己賃料の支払を求める裁判(前記弁済供託が無効な場合)が考えられる)が確定するまでは、納税者に賃料債権が確定的に発生したとして所得税を課税することはできないものであると主張してきた。

そして、この理は最高裁判所昭和五三年二月二四日判決民集三二巻一号四三頁が「賃料増額請求にかかる増額賃料債権については、それが賃貸人により争われた場合には、原則として、右債権の存在を認める裁判が確定した時にその権利が確定したものと解するのが相当である。けだし、賃料増額の効力は賃料増額の意思表示が相手方に到達した時に客観的に相当な額において生ずるものであるが、賃貸人がそれを争った場合には、増額賃料債権の存在を認める裁判の確定するまでは、増額すべき事情があるかどうか、客観的に相当な賃料額がどれほどであるかを正確に判断することは困難であり、したがって、賃貸人である納税者に増額賃料に関し確定申告及び納税を強いることは相当でなく、課税庁に独自の立場でその認定をさせることも相当ではないからである」と判示しているところと全く同様であると主張してきた。

ところが、この点につき原判決は「賃料増額請求権の性質上当該増額賃料の相当額は裁判所が種々の要素を考慮した上で判断してはじめてその額が明確となり、当事者も課税庁も裁判の確定までその権利内容を確実に把握することが困難である等の特別の事情に鑑みてなされたものであることがその判文上明白である。しかし、本件における不動産所得額(収入金額)の算定は、右の例と事案を異にし、判示のような困難を伴うものとは言い難いから、結局、右の判決を本件について有利に援用することはできないと考える」と判示している。

しかしながら、本件の上告人の具体的相続分の客観的割合の認定は、増額賃料の相当額の認定と異なり、その認定に困難を伴うものとは言い難いといえるのであろうか。

これまた答は否といわざるをえない。なぜならば、具体的相続分の割合を算定するは、遺産の範囲の確認、その評価からはじめて、各相続人の特別受益の有無、その数額等実に多岐に亘る事実について審査確認或いは判断が必要であり、中には財産の評価のように高度の専門的知識まで動員しなければ、その確定はとうてい覚つかないのであって、増額賃料の相当額を認定する以上にその認定には困難が伴うといわざるをえないからである(なお、延原観太郎の遺産、ないしは生前贈与物件には、多数の借地権の負担付不動産や、同族会社の株式等が含まれているもので、その適正な評価を行うのにも相当の困難が伴うものである)。

もっとも、原判決の如く、凡そ具体的相続分の客観的割合を認定する資料とはなしがたい乙第九号証の判決を唯一の拠所として、上告人の具体的相続分の割合はこれこれであると認定してしまえば、事は簡単であり、その認定に困難を伴うものとはいいがたいといいうるのかも知れない。

しかし、問題はそもそも課税処分の適否が争われている裁判において事後的にその裁判の係属裁判所が具体的相続分の割合がいかほどであるかを決することが容易であるかどうかということでなく、納税者と課税庁との間において具体的相続分の割合がいかほどであるかを決することが容易であるかどうかということであり、この点で原判決は既に明白な誤謬を犯しているのみならず(原判決の論法を持ってすれば、増額賃料に対する課税の適否が争われている裁判においても、その裁判の係属裁判所が賃料増額請求訴訟の裁判の確定をまたずとも相当な賃料額がどれ程であるかを認定し、かつそれが課税庁の認定した増額賃料の金額を上回るものであれば、課税庁の課税処分を正当であるとしてこれを維持する判決も下しうることとなり、かくては前記最高裁判決と矛盾することにならざるをえない)、原判決が認定に困難を伴うものではないとして認定した上告人の具体的相続分の割合なるものも、その実は何ら合理的、客観的な裏付けのないものであること前記のとおりであり、その認定に困難がないとするのは独り原判決のみであって、真に上告人の具体的相続分の割合を明らかにしようとすれば、これが非常な困難を伴うものであることは多言を要しない程明白なことである。

いずれにしても、いわゆる権利確定主義を採るとしても上告人の本件物件から生ずる賃料債権については、遺産分割審判等の裁判が確定しない限り、その権利が確定したとはいえないのであり、この点で原判決には、所得税法第三六条第一項にいう「収入すべき金額」の解釈適用を誤った違法のあることは明らかである。

四、さらに原判決は「もし、原告〔上告人〕の主張のとおり、未分割共有遺産から生じた果実について、その元物未分割のゆえに、その果実たる賃料収入を不動産所得として共同相続人に対し所得税を課することができないとすれば、一般に共同相続人間に紛争があり、または分割協議の恣意的延伸が存するときには、その課税時期が容易に延期されることにもなり、早期に遺産分割等をした場合と比較し、租税の実質的負担に差異を生じ負担の公平を失する結果にもなって不合理である(相続税法五五条が遺産取得課税法制のもとで、なお法定相続分課税方式を導入して、相続財産未分割の段階での相続税の課税を認めたうえ、後日修正申告、更正の請求、更正処分等の方法による修正を可能としている点及び所得税法においても同様の修正が可能である。国税通則法一九条二項、二三条二項、二四条参照)。」とも判示している。

しかしながら、右判決もまた明らかに誤ったものである。

すなわち、遺産分割協議につき恣意的延伸が存するときは論外であるとしても(本件もとよりそのような場合ではない。現に本件では訴外亡延原観太郎の死亡直後から遺産分割審判申立事件が申立てられ、これが今猶係属している)、共同相続人間に紛争があり賃料収入に対する課税時期が延期されることになっても、遺産分割審判等の裁判の確定により具体的相続分の割合が明確にならなければ、実際問題として当該相続人は賃料収入を現実に収受できる可能性がない(すなわち、金額が確定していないのであるから、請求しようにも請求できず、支払おうにも支払えず、現実に賃料を収受することができない)のであるから、(もっとも、賃借人と相続人全員との間で暫定的に賃料の内払いの合意でもできれば、別であるが)、既に遺産分割を了し、現実に確定額にて賃料収入を取得し、又は取得しようと思えばいつでもできる相続人の場合とを比較し、両者の間に課税の時期の点で差異が生ずることになってもそれは当然のことであって、これを目にして負担の公平を失する結果になるなどということは到底いうことはできない。

原判決は右判示の結論を支持するものとして、相続税法第五五条が遺産取得課税法制のもとで、なお法定相続分課税方式を導入して、相続財産未分割の段階での相続税の課税を認めたうえ、後日修正申告、更正の請求、更正処分等の方法による修正を可能としている点を挙げているが、本件は所得税に関する事案であり、課税目的、課税体系の全く異なる相続税の規定が原判決の右結論を支持しうる論拠となるものでないことはいうまでもない。

また、原判決は右判示の結論を支持するものとして、所得税においても相続税の場合と同様の修正が可能であることを挙げているが、原判決が引用する国税通則法の規定も、未だ権利として確定発生もしていないものを権利として確定発生したものとして所得税課税を行ってもよいとしたものではないのであるから、右規定の存することを理由に右判示のような結論を導くこともできない。

結局、遺産分割審判等の裁判が確定したときに権利が確定し、所得の実現があると解しても、その時点からの課税がもとより可能なのであるから、課税を免れるとうこともありえない。右の裁判が確定せず、具体的相続分の割合が不分明で、納税者が現実に賃料を収受できる可能性もないのに、納税者に確定申告および納税を強い、確定申告および納税のないことを理由に高率の加算税、延滞税をかけることの方こそ負担の公平を失し、不合理であるというべきである。

五、上告人は、本訴提起以前より、被上告人が本件各更正処分を適法であるというのなら、所得税の課税要件を充足したという賃料債権が、弁済供託により、供託金付請求権という姿を変えた形で現にそのま存在しているのであるから(もちろん、弁済供託が無効であれば、賃料債権という元の形のままで存在しているのであるから)、本件各更正処分による租税の徴収は、右供託金還付請求権(或いは賃料債権)に対する差押の方法で実行されるよう再三に亘って被上告人に求めてきた。

ところが、被上告人はこれを全く無視し、それを実行しない、或いは実行できない理由について上告人が第一審以来釈明を求めるも、これまた無視を続けてきた。

所得税が納税者に経済的利得の生じたところに担税力を認めて課税する税である以上、所得税課税が有効というのであれば、その課税の対象となったと同じ経済的実体たる供託金還付請求権(或いは賃料債権)にその課税を実現するための強制徴収を実行することもまた可能でなければならない筈のものである。

被上告人の態度は、上告人が本件物件から生ずる賃料収入を法律上どの程度の見込みで収受できるかには全くおかまいなしで、ただ単に課税だけを優先しようというだけのものにほかならない。

そして、原判決も「その共有持分割合の認定判断に合理性がある限り、これに基づき、被告〔被上告人〕において前記不動産所得につき所得税を賦課する趣旨の更正処分をなすことはもとより適法といわなければならない」と判示していること前記のとおりであるので、この点からすると原判決は、被上告人の共有持分割合の認定判断に合理性さえあれば、それだけでよいのであって、ほかに上告人が本件物件からの賃料収入を法律上どの程度の見込みで収受できるかどうかということは、本件課税処分の適否の問題とは全く関係がないと判示しているとも受け取れる。

そうであれば、これまた被上告人の態度と軌を一にするもので、所得税という課税の本質を忘れた判示といわざるをえず、その違法たることも明らかである。

六、以上のとおり、原判決は、所得税第三六条一項にいう「収入すべき金額」の解釈適用を誤ったものであり、右誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決を破棄の上、さらに相当な裁判のあらんことを求める次第である。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例